【千葉城】

千葉氏の居城とされてきた城が千葉城であるが、この亥鼻の千葉城が大治元年(1126)に常重が大椎から移って
きた当初に築城されたものであるかといえば、かなり疑問であり、当初は同時期の他の城館と同様、水際に造られた
単純な方形居館であったのではないか。
千葉宗家代々の館の一つは、現在千葉地裁の場所が比定されている千葉館であったのだろう。すなわち千葉宗家が
拠り、享徳4年(1455)3月に古河公方に呼応して兵を挙げた原胤房によって攻められたのは、後述する千葉館の
可能性もある。千葉城の遺構としては戦国時代のものがあり、永正13年(1516)、真名城の三上氏が扇谷上杉氏
の求めに応じ、古河公方足利高基派の千葉氏家臣の原氏らが籠る、当城を攻撃したことが記録されている。
よって、享徳4年(1455)以降まで使用されたことは間違いない。
築城時期は、第1郭の土塁中から13世紀半ばの蔵骨器が見つかったことから、14世紀以降と推定される。
しかし、いずれにせよ千葉城の築城時期、戦国期に誰が支配していたかなど、詳細は不明である。